生成AIに複雑な質問をするとき、「順番に考えてください」「ステップごとに説明してください」と入力した経験がある方も多いでしょう。このように、中間的な推論ステップを生成させてから答えを出す方法がChain of Thought(CoT、思考の連鎖)です。

Chain of Thoughtは、計算、論理、複数条件の比較などで回答精度を高めることがあります。一方、長く整った説明が表示されても、その内容が正しいとは限りません。また、表示された推論文が、モデル内部で実際に答えを決めた過程を忠実に表しているとも限りません。

結論から言えば、研究開発ではCoTを「AIの頭の中を読む方法」と考えるより、問題を分解し、検証可能な中間結果を作る方法として利用するのが実用的です。この記事では、CoTの仕組み、発展の歴史、研究業務での活用方法と注意点を、材料科学の実測例とともに解説します。

Chain of Thoughtとは

Chain of Thoughtとは、最終回答だけを生成させるのではなく、回答に至るまでの中間的な推論ステップも生成させる方法です。日本語では「思考の連鎖」「思考過程」などと訳されます。

Weiらが2022年に発表した研究では、質問と回答だけでなく、途中の推論例をプロンプトに含めることで、算術、常識推論、記号推論などの複数段階の課題で性能が向上することが示されました[1]。

例えば、次のような違いです。

方法プロンプト例出力の特徴
通常回答強度保持率を計算してください最終値を直接回答する
Chain of Thought型必要な値と式を整理し、段階的に計算してください式や中間値を経て回答する
ツール併用型式を作成し、Pythonで計算して結果を検証してください推論と決定論的計算を分担する

CoTはモデルへ新しい知識を追加する技術ではありません。既に与えられた情報を分解し、複数の段階を経て答えるための推論時の方法です。この点が、外部文書を検索するRAGや、外部ツールを操作するAIエージェントとの大きな違いです。

Chain of Thoughtが注目された背景

初期の言語モデルは、複雑な問題でも一度に最終回答を出そうとするため、条件の見落としや途中計算の誤りが起きやすい傾向がありました。人が複雑な問題を小さな問題へ分けるように、モデルにも中間ステップを生成させる発想からCoTが発展しました。

時期主な方法特徴
2022年Few-shot CoT推論例をプロンプトに数件示す
2022年Zero-shot CoT「段階的に考える」などの指示だけで推論を促す
2022~2023年Self-Consistency複数の推論経路を生成し、答えの一致を利用する
2023年Tree of Thoughts複数の候補経路を探索し、評価や後戻りを行う
2024年以降推論モデル回答時の計算量を増やし、探索・検証・修正を行う

生成AI全体の技術史は、TransformerからRAG・CoT・AIエージェントまでの発展で解説しています。

Chain of Thoughtの主な種類

Few-shot Chain of Thought

質問、途中の推論、答えの組を例として示す方法です。単に正解例を示すのではなく、「どのように問題を分解するか」まで伝えます。

例題:初期強度50 MPa、処理後40 MPaの保持率を求める。
手順:保持率=処理後強度÷初期強度×100。40÷50×100=80%。
答え:80%。

同じ形式の問題が繰り返される業務では、計算順序、単位、丸め規則まで含めた例を示すと、出力形式をそろえやすくなります。

Zero-shot Chain of Thought

推論例を与えず、「問題を段階的に分解してください」「前提、式、計算、結論の順で示してください」などと指示する方法です。Kojimaらは、簡単な追加指示によって、例を与えないゼロショット条件でも複数の推論課題の性能が向上することを示しました[2]。

現在の高性能モデルでは、単に「step by step」と書くより、必要な中間成果物を明示するほうが研究用途に適しています。

  • 前提条件と未知の条件を分ける
  • 使用した式を示す
  • 数値と単位を一緒に記載する
  • 資料にない値は補完しない
  • 計算結果をコードで再確認する
  • 結論と不確実性を分ける

Self-Consistency

Self-Consistencyは、同じ問題について複数の推論経路を生成し、最も一貫して得られた答えを選ぶ方法です。ICLR 2023の研究では、算術や常識推論の複数ベンチマークで通常のCoTより性能が向上しました[3]。

ただし、多数決は外部検証の代わりにはなりません。モデルが同じ前提を共有していれば、複数経路が同じ誤答へ収束することもあります。研究用途では、Self-Consistencyを「候補の安定性」を見る指標として使い、最終確認は一次資料や計算ツールで行います。

Tree of Thoughts

Tree of Thoughts(ToT)は、一本道で推論するCoTを拡張し、複数の候補を分岐させて評価し、必要に応じて後戻りする方法です[4]。計画、探索、組合せ問題などに向きますが、生成回数が増えるため、時間とコストも大きくなります。

なぜChain of Thoughtで性能が向上するのか

問題を小さな単位へ分解できる

複数条件を一度に扱う代わりに、「必要なデータの特定」「式の選択」「代入」「単位確認」「結論」のように処理を分けられます。各段階が短くなることで、見落としや条件の混同を減らせる場合があります。

中間結果を次の文脈として利用できる

言語モデルは、それまでに生成した文章も次の語を予測するための文脈として使います。中間式や整理結果を先に生成すると、それらを参照して次の処理を続けられます。

推論時に使える計算量が増える

最終回答をすぐ出す場合より、多くのトークンと処理時間を使って候補を検討できます。近年の推論モデルでは、この「推論時の計算量」を増やし、探索や自己検証を行う考え方が発展しています。

検証可能な形へ変換できる

式、前提、参照値、判断基準が明示されれば、人や計算ツールが確認しやすくなります。研究開発での最大の利点は、モデル内部を完全に説明できることではなく、最終回答の検査点を増やせることです。

Chain of Thoughtが有効な研究業務

業務CoTによる分解例外部検証
物性値の比較材料、測定法、温度、単位、値を分離原著論文やデータベース
実験計画目的、因子、水準、交互作用、評価指標を整理研究者による設計レビュー
統計解析実験単位、仮定、手法、診断、解釈を分離R・Pythonによる再実行
故障原因分析観察事実、仮説、追加測定、反証条件を分離追加実験
文献調査検索、選定、抽出、比較、結論を分離DOIと原文の確認
コード作成仕様、入出力、例外、テストを分離実行結果とテスト

特に、正解を一つ出すだけでなく「どの条件なら結論が変わるか」を整理させると、研究者の意思決定支援として活用しやすくなります。

材料科学のローカル実測例:途中式があっても誤る

以前実施したローカルRAG検証では、実在企業の材料や機密情報を使わず、架空の月面レゴリス模擬土の報告書3件を用いました。質問では、初期圧縮強度48.3 MPa、100サイクル後34.1 MPaから強度保持率を計算し、焼結条件と出典も示すよう求めました。

実行条件は次のとおりです。

項目設定
実行日2026年9月30日(日本時間)
実行基盤Ollama 0.34.4、CPU
生成モデルqwen3:1.7b
埋め込みモデルqwen3-embedding:0.6b
生成設定temperature 0、seed 42、context 4096 tokens
改善RAG1報告書1チャンク、top-k 1
反復数5回

プロンプトでは、式を示して小数第1位まで計算するよう明示しました。モデルは5回とも、次のような途中式を出力しました。

強度保持率:(34.1 ÷ 48.3) × 100 ≈ 70.5%

式は正しいものの、実際には次の値になります。

initial_strength = 48.3
after_strength = 34.1
retention = after_strength / initial_strength * 100
print(retention)           # 70.60041407867495
print(round(retention, 1)) # 70.6

さらに、質問で求めた焼結条件「1100℃、20分」も回答から欠落しました。つまり、推論らしい途中式が表示されても、計算精度や要求項目の網羅性は保証されません。

一方、途中式が表示されたことで、どの値を使い、どこで誤ったかを人が短時間で確認できました。これがCoTの実務上の価値です。CoTを正しさの証明としてではなく、監査しやすい中間成果物として使います。

回答設計利点残る課題
最終値だけを回答短く速い誤りの位置を確認しにくい
式と中間結果を回答検査点が増える途中式自体が誤る可能性
式を作りPythonで計算同じ入力から再現できる式と入力値の妥当性確認は必要

この実測例は小型モデル、3文書、限定された質問による説明用試験です。モデル一般の性能比較ではありません。詳しいハルシネーションの分類と検証方法は、生成AIのハルシネーションはなぜ起こるのかで解説しています。

Chain of Thoughtの注意点

長い説明は正しさの証明ではない

生成AIは、誤った前提からでも一貫して見える説明を作れます。推論の長さや専門用語の多さではなく、入力値、式、根拠、実行結果を確認します。

誤りが後続ステップへ伝播する

最初の段階で材料名や条件を取り違えると、その後の計算が正しくても最終結論は誤ります。各ステップを独立に確認できる形式が重要です。

表示された推論が内部過程に忠実とは限らない

CoTは、人が読める形で生成された説明です。モデルが実際にどの情報を使って答えを決めたかと、表示された推論文が一致しない場合があります。2023年の研究では、CoTの一部を削除したり誤りを加えたりしたときの回答変化を調べ、タスクによってCoTへの依存度が大きく異なることが示されました[5]。

2026年の複数の研究でも、推論の忠実性はモデル、課題、評価方法、情報の提示場所によって変わると報告されています[6][7]。これらは進行中の研究であり、CoTをそのまま説明可能性の証拠として扱わないことが大切です。

Self-Consistencyも同じ誤りを繰り返すことがある

複数回の回答が一致すれば安定性は高いと判断できますが、真実であるとは限りません。同じデータ不足、誘導的な質問、誤った検索文書がすべての経路へ影響する場合があります。

コストと応答時間が増える

長い推論や複数経路の生成では、トークン数、処理時間、API費用が増えます。簡単な分類や定型抽出に常にCoTを使う必要はありません。課題の難しさと誤りの影響に応じて使い分けます。

機密情報が推論文へ残る可能性がある

研究データ、顧客名、未公開条件を入力すると、中間出力にもそれらが現れる可能性があります。アクセス制御、ログ保存、外部送信のルールは、最終回答だけでなく中間生成物にも適用します。

研究者向けの実践的な使い方

「思考を全部見せて」より検証項目を指定する

内部の思考過程を長く説明させるより、研究者が確認できる成果物を指定します。

  • 使用したデータと出典
  • 置いた前提と未確認事項
  • 採用した式、単位、丸め規則
  • 代替仮説
  • 結論を反証できる条件
  • 再計算用コード

推論・検索・計算を分担する

言語モデルには問題分解と式の候補作成、RAGには根拠文書の検索、PythonやRには数値計算を担当させます。各処理を分けると、誤りの原因も追跡しやすくなります。

正解だけでなくステップを採点する

次の指標を分けて記録します。

評価項目確認内容
最終回答の正確性結論や数値が正しいか
前提の妥当性資料にない条件を補完していないか
ステップの因果性前の情報から次の判断が導けるか
網羅性必要な中間段階を飛ばしていないか
計算再現性コードや式から同じ値を得られるか
根拠忠実性引用元が主張を支持しているか
棄権の適切さ情報不足時に推測を止められるか

そのまま使える研究者向けプロンプト

次の課題を、検証可能な形に分解してください。内部の思考を長く説明するのではなく、以下を簡潔に示してください。
1.確認できる事実と出典
2.前提条件と未確認事項
3.必要な計算式と単位
4.計算に用いる入力値
5.実行可能なPythonまたはRコード
6.計算結果
7.代替解釈と、結論が変わる条件
8.最終結論
資料にない値は推測せず、「確認できない」と記載してください。数値計算は文章生成だけで確定せず、コードの実行結果で検証してください。

Chain of ThoughtとRAG・AIエージェントの違い

技術主な役割代表的な失敗
Chain of Thought問題を中間ステップへ分解する誤った推論、後付け説明、誤差伝播
RAG外部文書から根拠を検索する検索漏れ、古い版、文脈分断
計算ツール数式や統計処理を再現可能に実行する式・入力・コードの指定ミス
AIエージェント検索、計算、ファイル操作などを順に実行する誤った計画、権限逸脱、失敗の連鎖

研究開発では、これらを競合する技術としてではなく、役割の異なる部品として組み合わせます。CoTで課題を分解し、RAGで根拠を取得し、計算ツールで数値を確定し、人が最終判断を行う構成が基本です。

よくある質問

「順番に考えて」と書けば必ず精度が上がりますか?

複数段階の計算や論理課題では改善する場合がありますが、単純な抽出や分類では効果が小さいこともあります。課題別に通常プロンプトと比較して評価します。

推論が長いほど高性能ですか?

推論の長さと正確性は同じではありません。必要な前提、式、根拠が短く整理され、外部から検証できることのほうが重要です。

推論モデルとChain of Thoughtは同じですか?

同じではありません。CoTは中間的な推論ステップを生成させる方法です。推論モデルは、学習方法や推論時の計算量も含めて、複雑な課題を解くよう設計されたモデルを指します。推論モデルがCoTに似た出力を示すことはあります。

研究論文の要約にもCoTは有効ですか?

論文を研究目的、試料、方法、結果、限界へ分けて抽出する用途には有効です。ただし、論文にない解釈を付け加えていないか、原文との照合が必要です。

数値計算もCoTだけで十分ですか?

式の整理には利用できますが、最終値はPython、R、表計算などで再計算するのが確実です。統計解析での検証方法は、生成AIに統計解析を任せてよいかでも解説しています。

まとめ

Chain of Thoughtは、生成AIに中間的な推論ステップを作らせ、複雑な課題を分解する方法です。算術、論理、比較、計画などで性能を高め、回答を確認しやすくする可能性があります。

一方、表示された推論文は正しさの証明でも、モデル内部の判断を完全に説明するものでもありません。研究開発では、CoTを「思考の可視化」ではなく、前提・根拠・式・計算を検証可能な形へ変換する仕組みとして使うことが重要です。

私は10年以上の素材開発経験と、8年以上のインフォマティクス活用経験を持っています。その観点からも、生成AIへ最終判断を一括して委ねるより、問題分解、文書検索、計算実行、人による判断を分担したほうが、研究速度と再現性を両立しやすいと考えています。

参考文献

  1. Wei J, Wang X, Schuurmans D, et al. Chain-of-Thought Prompting Elicits Reasoning in Large Language Models. NeurIPS. 2022.
  2. Kojima T, Gu SS, Reid M, Matsuo Y, Iwasawa Y. Large Language Models are Zero-Shot Reasoners. NeurIPS. 2022.
  3. Wang X, Wei J, Schuurmans D, et al. Self-Consistency Improves Chain of Thought Reasoning in Language Models. ICLR. 2023.
  4. Yao S, Yu D, Zhao J, et al. Tree of Thoughts: Deliberate Problem Solving with Large Language Models. NeurIPS. 2023.
  5. Lanham T, Chen A, Radhakrishnan A, et al. Measuring Faithfulness in Chain-of-Thought Reasoning. arXiv:2307.13702. 2023.
  6. Young RJ. Lie to Me: How Faithful Is Chain-of-Thought Reasoning in Reasoning Models? arXiv:2603.22582. 2026.
  7. Gema AP, Rajani N, Saxena R, et al. Chain-of-Thought Faithfulness of Reasoning Models Varies with Where and How Preference Cues Are Delivered. arXiv:2608.29464. 2026.
  8. Gao L, Madaan A, Zhou S, et al. PAL: Program-aided Language Models. ICML. 2023.

本記事のローカル検証は、架空の疑似文書3件と小型モデルを用いた説明用試験です。特定モデル全般の性能を示すものではありません。記事内容と参考文献は2026年10月2日時点で確認しています。

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モス
材料開発・データ解析の実務経験と、ベンチプレス180kg到達までの実践をもとに、筋トレ・データサイエンス・英語の情報を発信しています。